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ナタリーのバナナを読んで思ったこと
時々目にする「BL化」「二次創作」といったアニメ版スタッフによる私物化ではなく、むしろ監督(もしくは他のメインスタッフ)自身があの作品に対して親身ではないことが原因なんじゃないか、と思った。
てっきり監督も往年のファンかと思ったら、オファーがきて初めて読んだそうで、昔からの愛読者から見れば立派な新参者(昨年初めて読んだ私と同じ)。だから時代変更やそれに伴いキャラクターデザイン(服装や髪型)を変えることに対する原作ファンの気持ちを理解できないんじゃないか。だからあんなに軽いノリで話せてしまえるんじゃないか。
正直時代設定やキャラデザの変更は悪い選択ではないと思う。私が監督でも多分そうする。ただ現代にアップデートなんていう大改編を行うなら、当然原作漫画家の協力をあおぐべきだった。漫画家監修の元なら、原作愛読者ももう少し不安にならずに済んだろうに。
原作に大胆な変更を加える割に、慎重さが足りないのだ。あの制作発表会でまず一番に示すべきだったのは、キービジュと声優の発表ではなく、「自分たちはこの作品を心から愛し尊重しているが、今の時代にアニメーション化するに当たって苦渋の決断でこれこれこうすることにしました」という謙虚かつ真摯な姿勢だった。原作を預かる身としての心構えだった。決して浮かれハイテンションと取られるような言動じゃなかった。いかにも女性受け狙ってますなコメントではなかった。
というか、そのテの作戦会議くらい、しろよ…視聴者がどう受け取るかのシミュレーションとか、しないのかよ…
ジオストームを観ました
以下ネタバレ
続きを読むバナナフィッシュ読了
作者:吉田秋生。1985年から1994年にかけて小学館の別冊少女コミックにて連載。
勝手にアッシュと英二の絆を描くコンビものかと思っていたが、実際はよりハードな、新種の麻薬を巡るサスペンスと大人に搾取され傷つきながら抗い生きる子どもたち、その中心にいるアッシュと彼の魂を救済する存在としての英二、という物語だった。あらすじを読む限りは少女漫画に分類される話とは思えなかったが、このアッシュと英二の関係が少女漫画でいう「ヒロインの相手役とヒロイン」で、ヒロインの相手役を主人公に据えたのがこの作品なのではないかと思う。英二が「待つ」ことでアッシュに心安らげる「帰る」場所が生まれ、それは別の世界に生きる者同士の絆という意味でも英二がアッシュの隣に並び立つ存在にはならず、彼らが同じ世界に属さないからこそ英二がアッシュの魂を救済する存在になりうる。「戦うお姫様」は現代では珍しくなくなったが、銃を撃つ時も目をつむってしまう戦う力を持たない英二と、マフィアの帝王学を叩き込まれ裏社会に君臨しうる力を持つアッシュ。同じ世界に生きられない者同士の絆を描いた作品は、実はこれまで数える程しか読んだことがなく非常に新鮮だった。アッシュにとって英二が守らねばならない存在ではなく(英二の安全を第一に考えるなら日本に帰国させればよい)自分を守るために手放せない存在だったことを思うと、これは紛れもなくアッシュ・リンクの物語であり、あの結末で英二の心を永遠に手に入れたアッシュは、文字通り幸福な最期を迎えたのだろう。