溜まった鬱憤

 

 

くつろぎがコンセプトのグッズの描き下ろしで、他のキャラクターが休日を満喫するのに「使われている」姿しかないのを、疑問に思わない担当者(あるいは描いた人)が本当に不思議。何考えてるんだろ。何も考えてないのかな。彼というキャラクターが、他のキャラクターのために「使われて」いても、何も感じない程度に彼というキャラクターはあちら側の人たちにとってどうでもいい存在なのだと、今まで何度思わされてきただろうか。彼をどうでもいい存在として扱う人を、ファンダムという有象無象の遮断可能な集合体だけでなく、公式サイドに「いる」とはっきり感じられるのが一番うんざりする。

なんか、本当に「コーチのおまけ」なんだな。コーチの幸せのために「費やされる」キャラクターなんだな